
築地には、私が「魚の師匠」と崇める方がいらっしゃいます。高級鮮魚専門店「佃井(つくい)」の桜井社長がその人です。
「佃井」は、古くは日本橋魚市場時代から鮮魚の商いをしていたという老舗中の老舗、旬の天然ものしか置かない、こだわりの仲卸です。詳しいことは言えませんが、桜井さんだからこそ集まる情報、手に入れられる魚があります。「今は一年中大抵の魚が手に入るけど、旬の一番美味しいものを食べないとその魚のよさはわからない」と桜井さんはおっしゃいます。魚を手にとりながら桜井さんとお話すると、本当に勉強になりますし、楽しくてしかたがありません。私は勝手に桜井さんの右手を「ゴッドハンド」と呼ばせていただいています。まるでお医者さんのように魚の腹や背を触り、瞬時に状態を見極めてしまうからです。まさに職人技、プロ中のプロ。「もう少しすると、背が少し丸くなったのが入ってくる。そっちの方がいいよ」などとアドバイスをいただいたおります。また、東京にいながらにして風の強さや気温で近海の状態がわかるため、翌日の漁の出来をあらかじめ教えてくださることもあります。
世界一の規模を誇る築地市場は魚介の品質も総じて高いとはいえ、その中でも、やはり魚の状態は千差万別です。日によっても違います。「佃井」に並ぶ魚は、品質がよいため見た目にも美しく、他の店舗との違いが一目瞭然です。プロとしての目利きの能力、キャリア、そして信頼関係に基づいたネットワークを兼ね備えた桜井さんのような人と出会えたのは、料理人として本当に幸運でした。和食は素材選びで献立の出来が半分以上決まってしまいますので、真剣勝負と思って仕入れに臨んでいます。
今回、ご紹介いたします素材は、のどぐろ。赤みがかった美しいその姿は、「佃井」に並ぶ魚の中でも目立っています。のどぐろというと日本海のものが有名ですが、桜井さんのお薦めは千葉県竹岡で穫れたもの。手にとった時のずっしりとした重み、身の締りは、ゴッドハンドにはまだ遠く及びませんが、これはすごい、と驚かされました。よい素材に出会うと、こんな料理に仕上げてお客様に味わっていただきたい、と俄然気持ちが盛り上がって参ります。
のどぐろは、火を入れると身がふっくらとし、食べると脂の旨みがじわりと口にひろがります。冬の美味、のどぐろを、是非、朔にてご賞味ください。
料理長 林滋治











